前回、4年後のアーリーリタイアを目指すことにした決意を書きましたが、
なぜアーリリタイヤを目指すことにしたかについては、
若い頃、私がなぜ働きたいと思ったか、の根本的な理由と共通していると感じています。
なぜ働きたいと思ったか。働き続けたいと思ったか。
それは、女性として自由でありたいことと合わせて、好奇心があったからだと思います。
自分の選択で働く・働かないを決めることができる自由。
自分のお金で行きたいところ・やりたいことをする自由。
社会に出ると大変だけど、その大変さの代わりに一定の自由があると思ったから。
精神的独立と自由、経済的独立と自由、これらを手に入れたいと思った、というところでしょうか。
そこに社会の構造を知りたい、何故、こうなっているのか、
ビジネスの前線を見たい、といったような好奇心があったのだと思います。
その自由と好奇心を求める自分の根本は変わっていないけれど、
それを求める先が変わってきたというところでしょうか。
働き続けて、一定のルール・評価・基盤・組織の中で生きてきて、
そこに自由をあまり感じなくなってきた一方、
合わせて、組織に対しての好奇心が一部満たされてしまった一方で、
辞めることにより得られる別の意味での自由、
辞めることにより得られる新しい好奇心への期待、
そういうものが相対的に大きくなってきたということかもしれません。
その意味では、「自由」と「好奇心」この2つが私の人生のキーワードかもしれず、
働く力の源泉でもあったし、
辞めた後の活動の源泉にもなるのだろうと思います。
もちろん働き続けるのと同様に、
働かずに(組織から自然と与えられるお題なく)、自分で自分の自由と好奇心に責任を負っていくというのもなかなかの難易度でもあろうかな、と思いますが、
心はいつまでも若く!をキーワードにしたいと思います。